2015年02月02日

後藤さん映像公開で本紙号外配布 岡山  「日本の“転機”に?」

後藤さん映像公開で本紙号外配布 岡山  「日本の“転機”に?」
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Newspaper extra distributed in Goto's video public Okayama

Middle East extremists tell you that video Goto Kenji, who was detained in a group calling itself the "Islamic State" is believed to have been killed was published Sanyo newspaper extra one day morning, was distributed by JR Okayama Station.
A3-size color printing. And heading of "Goto-san or murder", I was greatly posted some of the newly published the video on the Internet.
Articles and content of the press conference of Prime Minister Shinzo Abe, introduces the complete message that was shed in English of voice along with the video. Also I have put the course of this time of Japanese hostage incident.
Received Okayama Higashi-ku of company employee men (39) "along with the matter of Mr. Yukawa Harukana, it's very sorry if fact. And whether was not able to help somehow," he said.
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後藤さん映像公開で本紙号外配布 岡山

中東の過激派「イスラム国」を名乗るグループに拘束された後藤健二さんが殺害されたとみられる映像が公開されたことを伝える山陽新聞号外が1日午前、JR岡山駅で配られた。
 A3判カラー刷り。「後藤さん殺害か」の見出しと、インターネット上で新たに公開された映像の一部を大きく掲載した。
 記事は安倍晋三首相の記者会見の内容や、動画と共に英語の音声で流されたメッセージ全文を紹介。今回の邦人人質事件の経過も載せている。
 受け取った岡山市東区の会社員男性(39)は「湯川遥菜さんの件とともに、事実なら非常に残念だ。何とか助けることができなかったのか」と話した。
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静に、手をあわせたい。
祈り.jpg
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posted by 岡山パワーズ(okayama_powers)  at 07:07| Comment(0) | 後藤さん映像公開で本紙号外配布 岡山 | 更新情報をチェックする

研究者らが古代吉備の実像に迫る 岡山 / 南海トラフ地震備え情報共有を AMDA 岡山

研究者らが古代吉備の実像に迫る 岡山
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Okayama that researchers approach the real image of the ancient millet

Sanyo newspaper Culture Plaza special history lecture "Exploring the ancient millet" (San'yoshinbunsha, TV Setouchi sponsored) a day, held in Okayama city, movement of millet forefront of researchers played the Yamato regime established I followed the role and.
And research Fukunaga Shinya-Osaka graduate school professor, known for such as Sankakubuchishinjukyo (born Fukuyama City), the ancient millet Tadamasa Ugaki, Okayama Prefecture Board of Education Cultural Properties Division canons to lead the research on stage. About 300 people of history fan et al packed.
Fukunaga Professor, Kyushu, two kinds of China after the Han Dynasty bronze mirror that was preferred to separately in Kinai is, commentary that excavated both in the millet. It is located between the "Kyushu and Kinai forces during Yamatai established before the Wa orchids are written in Gikokorozashi Wajin Den, was holding a casting boat. Then millet Yamato government signed a Kinai and hand positioned enacted, "said. Ugaki canons explain the ritual (priest) earthenware and special instrument table of the distribution of the birthplace millet on the basis of the latest counting result. Izumo, there is excavated example in such Kinai "special instrument table of ritual is not the only tomb. Widely accepted content and force was" I was introduced with.
After lecture there is also a round-table discussion, special instrument platform is excavated Yayoi era late shield built Yayoi mound tomb (Kurashiki, total length about 80 meters) large-scale tomb Ugaki canons about the first time in "Japan. (Corpse's evaluation and is) a great king, may exist to represent Japan ". Fukunaga Professor "Yamato felt beholden to Kibi that had a major impact on government establishment. That's why, than a cylindrical clay image (Haniwa) with the origin in the special unit base continued to use the tumulus" concluded with.

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研究者らが古代吉備の実像に迫る 岡山

山陽新聞カルチャープラザ特別歴史講座「古代吉備を探る」(山陽新聞社、テレビせとうち主催)が1日、岡山市内で開かれ、第一線の研究者らが大和政権成立に果たした吉備の動きと役割を追った。
 三角縁神獣鏡の研究などで知られる福永伸哉・大阪大大学院教授(福山市出身)と、古代吉備研究をリードする宇垣匡雅・岡山県教委文化財課参事が登壇。約300人の歴史ファンらが詰め掛けた。
 福永教授は、九州、畿内で別々に好まれた2種類の中国・後漢時代の銅鏡が、吉備ではどちらも出土することを解説。魏志倭人伝に記されている邪馬台国成立前の倭国乱の際「九州と畿内勢力の間に位置し、キャスチングボートを握っていた。その後吉備が畿内と手を結んで大和政権が成立した」と位置付け。宇垣参事は吉備発祥の祭祀(さいし)土器・特殊器台の分布を最新の集計結果を基に説明。出雲、畿内などでも出土例があり「特殊器台の祭祀は墳墓だけではない。広く受け入れられる内容と力があった」と紹介した。
 講演後には座談会もあり、特殊器台が出土した弥生時代後期の楯築弥生墳丘墓(倉敷市、全長約80メートル)について宇垣参事は「日本で初めての大規模な墓。(被葬者は)偉大な王で、日本を代表する存在かもしれない」と評価。福永教授が「大和は政権成立に大きな影響を与えた吉備に恩義を感じていた。だからこそ、特殊器台に起源を持つ円筒埴輪(はにわ)を古墳に使い続けたのでは」と締めくくった。
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南海トラフ地震備え情報共有を AMDA 岡山

南海トラフ地震への備えをテーマとした国際医療ボランティア・AMDA(本部・岡山市北区伊福町)の「被災地間相互交流公開フォーラム」が1日、岡山市であり、東日本大震災の被災者や自治体関係者らが有事の協力態勢や被災地間の情報共有について意見交換した。
 岩手、宮城、福島県の復興商店街の代表ら6人は被災者の立場から避難所運営などについて発表。「必要な物資や情報がきちんと避難所に届く仕組みが不可欠」「被災地間の情報交換は復興の連携につながる」とした。
 国土交通省の担当者や高知、徳島県の自治体職員は南海トラフ地震の大規模被害を想定した対応について「防波堤の延伸や避難訓練実施などハード・ソフト両面を充実させている」「防災関係者を交え、医療救護計画を見直し中」と説明した。
 AMDAグループの菅波茂代表は地震発生時に高知、徳島県内の避難所を支援する独自プログラムを紹介。「東北の皆さんに避難所コーディネーターとして参画してほしい」と求めると、南三陸さんさん商店街(宮城県南三陸町)の三浦洋昭副組合長は「恩返しに協力したい」と述べた。
 フォーラムは昨年に続き2回目。関係者や聴講の市民ら約110人が参加した。
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犬養木堂の書「至大至剛」を公開

岡山市北区川入の犬養木堂記念館で、約8千点の所蔵品からよりすぐった「一品展」が開かれている。犬養毅元首相(号・木堂、1855~1932年)が「至大至剛」と筆を振るった作品が披露されており、来館者が見入っている。22日まで。
 作品は縦54・8センチ、横165センチで額装されている。木堂が岡山市内とみられる剣道の道場に贈ったもの。至大至剛の意味は「この上なく大きく、強いこと」で、孟子と弟子・公孫丑の問答から引用している。同館の石川由希学芸員は「道場に通う人のため、強い精神と肉体を書で表現したのでは」と推察する。
 来館した女性(71)=同市=は「大胆な書きぶりから言葉の意味が伝わってくる」と話した。
 犬養が揮毫(きごう)用に漢籍などの言葉を書き留めた冊子「?駝(たくだ)小録」も展示している。
 午前9時~午後5時(入館は同4時半まで)。火曜と12日は休み。問い合わせは同館(292 1820)。
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posted by 岡山パワーズ(okayama_powers)  at 07:06| Comment(0) | 研究者らが古代吉備の実像に迫る 岡山 | 更新情報をチェックする

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