/////
An earthquake disaster for 4 years also considers area disaster prevention at Okayama, and, "Okayama of AEON Mall", 1F
On the 11th, the eastern Japan great earthquake out of which a victim beyond 20,000 people was taken including related death met a day in 4 from occurrence. Okayama of AEON Mall (the said Shimoishii) opened the 1st floor of reconstruction aid event "3 and 11, he forgot it and opened NAI!" at a central future square the Japanese Red Cross Society Okayama-ken branch (Okayama-shi Kita-ku Marunouchi) stopped weathering of a hit memory on the same day as well as in order to think about area disaster prevention.
The picture panel which introduced a change in a disaster area and activity of the Japanese Red Cross Society (A2 and an A-3 size) exhibits total of 60 points. It was dispatched to a disaster area and you could carry it into the telecommunication dispatching car which is communicated to the member who collects the damage and information on refuge and hits support by a radio and a site and inflate aerially, and the air tent which becomes a special medical office (6 meter square and 3 meters of height) was arranged. There was also a charity section in meeting place one corner, and a goods was sold to the wooden coaster a victim of an accident in a reception desk of a contribution and Miyagi-ken Minami Sanriku-cho made (250 yen for 1).
The university 1 year girl who visited in shopping (19), "I think many people passed away once now, and would like to be of assistance to a disaster area even a little.", I spoke and donated.
A silent prayer was performed according to the earthquake disaster occurrence time (2:46) from the afternoon.
/////
震災4年 岡山でも地域防災考えて 「イオンモール岡山」1F
関連死を含め2万人を超える犠牲者を出した東日本大震災は11日、発生から4年の日を迎えた。日赤岡山県支部(岡山市北区丸の内)は同日、被災の記憶の風化を防ぐとともに、地域防災について考えてもらおうと、復興支援イベント「3・11忘れないを広げよう!」をイオンモール岡山(同下石井)1階中央の未来スクエアで開いた。
被災地の移り変わりや日赤の活動を紹介した写真パネル(A2、A3判)計60点を展示。被災地に出動し、被害状況や避難の情報を収集して支援に当たる隊員に無線で伝達する通信指令車と、現場に運び込んで空気で膨らませ、臨時の診療所となるエアテント(6メートル四方、高さ3メートル)を配置した。会場一角にはチャリティーコーナーもあり、義援金の受け付けや、宮城県南三陸町の被災者が作った木製コースター(1枚250円)などグッズの販売も行われた。
買い物に訪れた大学1年女子(19)は「大勢の人が亡くなったことを、いま一度考え、少しでも被災地の力になりたい」と話し、寄付していた。
午後からは、震災発生時刻(2時46分)に合わせて黙とうなどが行われた。
/////
宗教の枠超え震災犠牲者を慰霊
岡山県内の宗教関係者らでつくる「人道援助宗教NGOネットワーク」(RNN)は、岡山市北区尾上の黒住教本部で、東日本大震災の犠牲者の慰霊祭を営み、宗教の枠を超えて祈りをささげた。
天台宗、金光教、立正佼成会、真言宗、黒住教の関係者ら約80人が出席。震災発生時刻の午後2時46分に全員で黙とうし、RNNの永宗幸信委員長(倉敷市・本性院住職)が「今も苦しむ被災者の気持ちに寄り添うため、祈りを合わせて被災地に届けよう」とあいさつした。
引き続き、それぞれのスタイルで1時間以上読経や祝詞を上げた。最後に、黒住宗道事務局長(黒住教副教主)が「早期の復興を願う。失われた命を無駄にせず今後の天災に備えなければならない」と述べた。
/////
【東日本大震災4年】「命の尊さ再認識して」岡山県内各地で追悼行事
東日本大震災の発生から4年を迎えた11日、県内各地で犠牲者への追悼行事が開かれた。
倉敷市玉島の沙美海岸では、市民団体による「鎮魂・復興祈願式」があり、遠く離れた被災地へ思いをはせた。地元に事務局を置く「東日本大震災復興応援団」が昨年に続いて企画。近くの市立沙美小の児童や同黒崎中の生徒、市民有志らも含め約200人が集まった。
被災地支援の経験がある同団の高渕真吾会長(70)が「3・11を忘れてはならず、命の尊さを再認識してほしい」などとあいさつ。発生時刻の午後2時46分に全員で黙祷(もくとう)をささげた。
この後、参加者は海に献花するとともに、生徒らが用意した折り鶴を次々と燃やし、波に、立ちのぼる煙に、現地への鎮魂の思いを託した。最後に復興支援歌「花は咲く」を県立玉島商高吹奏楽部員の演奏にあわせ、ゲストの地元歌手とともに合唱した。
同中2年の小林奈央さん(14)は「中学生レベルで何ができるかを改めて考えさせられた。せめてこうした催しに一人でも参加が増えるよう呼びかけていきたい」と話した。
また、県立岡山南高(岡山市北区)では震災による東京電力福島第1原発事故を機に、福島県から故郷の岡山市に家族で移住した大塚愛さん(41)が講演した。
同高は昨年から、2年生の修学旅行で、希望者が福島県内の被災地で社会貢献活動に参加。修学旅行を控えた1年生約360人を前に、大塚さんは「フクシマでの被災体験と伝えたいこと」と題し、発生直後のあわただしい避難の様子や代表を務める支援団体の活動、現地の状況を語った。
一方、県庁では国旗を半旗にして犠牲者を追悼するとともに、県職員や訪れた県民が発生時刻に1分間の黙祷をささげた。伊原木知事は県議会で「改めて哀悼の意味を表し、被災地の一日も早い復興を心よりお祈りします」と話した。
このほか、宗派を超えた合同法要が岡山市北区の黒住教本部、倉敷市の本栄寺などで営まれ、僧たちの読経が響くなか、訪れた参拝者が祈りをささげていた。
/////