2014年11月29日

岡山の「天空の城」、雲海に浮かぶ 天守残り注目  岡山県 備中松山城 最高!

岡山の「天空の城」、雲海に浮かぶ 天守残り注目
岡山県 備中松山城 最高!

2つの「天空の城ラピュタ」へ(兵庫県・竹田城跡 と 岡山県・備中松山) 「素数」の謎!

京都から2つの「天空の城」ラピュタへ
備中松山城 雲海.jpg
/////
"Castle in the Sky" in Okayama, tower remaining noted that floats on a sea of clouds

Celebrated the late autumn is large temperature difference between day and night, sea of clouds has occurred in the vicinity of the Bicchu Matsuyama Castle of one Takahashi City, Okayama Prefecture of Japan's three Oyama Castle. Is on the 27th early morning fantastic landscape reminiscent of "Castle in the Sky" was observed. Bicchu Matsuyama Castle Alongside Takeda Castle in Hyogo Prefecture Asago, popular as a castle sea of clouds can be seen. Attention is that there remains a castle tower Unlike Takeda Castle, visitors from afar many. In the local, for example, to install the guide plate, but also focus on the development of the surrounding area. Sea of clouds has temperature difference of the day, often seen on the morning of the fine weather there is no wind in the humid.

/////
岡山の「天空の城」、雲海に浮かぶ 天守残り注目

昼夜の寒暖差が大きい晩秋を迎え、日本三大山城のひとつ岡山県高梁市の備中松山城の周辺で雲海が発生している。27日早朝には「天空の城」を思わせる幻想的な風景が見られた。備中松山城は兵庫県朝来市の竹田城跡と並び、雲海が見られる城として人気。竹田城跡と違い天守が残っている点が注目を集め、遠方から訪れる人も多い。地元では、案内板を設置するなど、周辺の整備にも力を入れている。雲海は一日の気温差があり、多湿で風がない晴天の朝によく見られる。
/////
2つの天空の城
2つの天空の城.jpg


備中松山城 雲海.jpg
岡山県 備中松山城
標高430mの臥牛山頂上に建つ天守は、国の重要文化財で、現存天守を持つ山城としては最も高い所にあります。日本三大山城の一つで、
雑誌『旅の手帖(2013年6月号)』特集 にっぽんの美しい城 私の名城Best5に選ばれました。

竹田城.jpg
兵庫県 竹田城跡
竹田城跡は、山城遺跡として全国でもまれな完存する遺構で、虎が臥せているように見えることから虎臥城(とらふすじょう)とも呼ばれます。
雲海の上にそびえ、天空に浮かぶ城を思わせる姿は幻想的で、多くの人が足を運びます。
/////
備中松山城 雲海 前.jpg
から 雲海
備中松山城 雲海.jpg
/////

2つの「天空の城」ラピュタへ  (岡山県 備中松山城 と 兵庫県 竹田城跡)  動画で確認!

2つの「天空の城」(岡山と兵庫)=岡山・備中松山城 と 兵庫・竹田城跡= について

From Kyoto to" Castle in the Sky " 京都から行く! 2つの「天空の城」ラピュタ (岡山県 備中松山城 と 兵庫県 竹田城跡)

/////

posted by 岡山パワーズ(okayama_powers)  at 07:07| Comment(0) | 2つの天空の城(岡山 備中松山城 と 兵庫 竹田城跡) | 更新情報をチェックする

2014年11月07日

「備中松山城」(岡山県高梁市)「ビチュマチュ」   全国2000城を訪れた 第一人者の「一番好きな城」は・・?

全国2000城を訪れた 第一人者の「一番好きな城」は・・? 「備中松山城」(岡山県高梁市)「ビチュマチュ」


「備中松山城」(岡山県高梁市)「ビチュマチュ」
/////
[New Kansai Emi-dan] Shiga Prefectural Univ. Professor Nakai Hitoshi Mr.

- Where is this until the guru of the castle study visited the 2 thousand things Castle "favorite castle"

And though it is difficult to determine the Nakai "best", of the Tokugawa period "Osaka (Osaka) castle" is good. First of all, excellent Ishigaki you do not budge 400 years. Most of the castle has been repaired many times the stone wall was broken up by an earthquake, but here you do not have it. And because it was built in the will to Tokugawa of the world "world Fushin (civil engineering work by the instruction of the shogunate)", feudal lords desperately. To compete as to Hakobikomi a large stone, "I am faithful is to shogunate" to the shogun Hidetada back then I was making display and. Moat of scale also impressive. Without it likely to reach the castle and even shot a gun, it is a defense posture of impregnable reminiscent as "Ninen Yeah After how offense". However, gun from the castle even though I will not reach the enemy.

- Investigation of the experience of Osaka Castle

Time of Nakai junior high school, entered the collection of favorite castle called "Japan castle Friends", I was or investigate the stamp of feudal lords from carved in stone wall of Osaka Castle is a magic to adults. Got the permission of Osaka City, I while down by ropes Ishigaki.

- It is the origin of the castle research

Nakai Yes. And, there was also in my youth itself. To high school was the practice location of the kendo club, and also had spent sabot me a lesson, and even had a date, I was Osaka Castle.

- And that the "best" of such memories also including

When anything other than Osaka Castle Nakai, built to the highest place in the existing castle tower fortress of "Bicchu Matsuyama Castle" (Takahashi City, Okayama Prefecture) I like also. Parody the aerial city ruins, Machu Picchu and Bicchu Matsuyama of world heritage I call "Bichumachu". A castle Gasteria armstrongii (Gasteria armstrongii) mountain consists of some of the mountain, there is castle tower Komatsuyama. And, in large Matsuyama of its further back, in size, such as 25 m pool, I have a reservoir of water Manman To praise the masonry.

- Why pond in such a place

According to the book of Nakai Edo era, the pond has a roof, it seems to have to clean the surface of the water, such as fallen leaves and put out the boat. You think I've been to ensure the drinking water in preparation for war. This pond is not very well known by now, you arrive until the tower to climb the mountain road, where people go most. Nothing in the mountains no, sight suddenly pool appears is fantastic.

- Yamashiro is also interesting

Another Nakai Well prized possession. "Saekishiro" (Oita Prefecture Saiki) also sounds good. The early modern period of the Fortress, but I often there is a prototype case in Southern and Northern Dynasties and the Warring States period, the fortress that was built after "Sekigaharanotatakai" Would not this alone. I gush interested in new construction has been history in the mountain with no history. In just 20,000 stone small castle that Han was built of, but has not been much attention also to the experts.

- Future, any relationship to the castle

To know in junior high school and in Nakai nationwide castle is 30000-40000 there, was appalled (appalled). "All I come every day without work life is not seen," said. Although castle study was progress here 20-30 years and the mystery of unexplained are numerous. To the castle to come out a such application problem "Why has laid the earthworks in a place like this." "Why did not cut the moat here", warlords the "little missing" Do not ever thought this guy "is recalled that was involved in construction when the time you unlock the mystery of bliss while I think Teru-yan ". In the past, I've been allowed to appalled to figure of 30,000 to 40,000, and I've been immersed in happiness and "Thank you for leaving a lot of fun" by now.

/////
 【新・関西笑談】滋賀県立大教授・中井均さん

 --これまで2千もの城を訪れた城郭研究の第一人者が「一番好きな城」はどこですか

 中井 「一番」を決めるのは難しいけれど、徳川期の「大阪(大坂)城」はいい。まず、400年間びくともしていない立派な石垣。たいていの城は地震で崩れたりして石垣を何度も修理していますが、ここはそれがない。徳川の世になり「天下普請(幕府の命令による土木工事)」で築かれたので、諸大名は必死。争うように大きな石を運び込み、当時の将軍・秀忠に「私は幕府に忠実です」と意思表示したんです。堀の規模も見事。鉄砲を撃っても城内へ届きそうになく、「どうやって攻めたらええねん」と思わせる鉄壁の防御態勢です。ただし、城内からの鉄砲も敵に届かないでしょうけどね。

 --大阪城の調査の経験は

 中井 中学の頃、「日本古城友の会」という城好きの集まりに入り、大人に交じって大阪城の石垣に刻まれた大名らの刻印を調査したりしたんです。大阪市の許可をもらい、石垣をロープで下りながらね。

 --城郭研究の原点ですね

 中井 はい。それに、あそこは私の青春時代そのものでもありました。高校時代は剣道部の練習場所だったし、授業をサボって過ごしていたのも、デートをしたのも、大阪城だったなあ。

 --そういう思い出も含めての「一番」ということで

 中井 大阪城以外だと、現存天守の中で最も高い場所に建つ山城の「備中松山城」(岡山県高梁市)も好き。世界遺産の空中都市遺跡・マチュピチュと備中松山をもじり「ビチュマチュ」と呼んでいます。城郭のある臥牛(がぎゅう)山はいくつかの山からなり、天守があるのは小松山。そして、そのさらに奥の大松山に、25メートルプールのような大きさで、水を満々とたたえた石積みの貯水池があるんです。

 --なぜそんな所に池が

 中井 江戸時代の書物によると、池には屋根があり、舟を出して水面の落ち葉などを掃除していたらしい。戦に備えて飲料水を確保していたんだと思いますよ。今ではこの池はあまり知られておらず、山道を登って天守までたどり着き、そこで帰る人がほとんど。何もない山中に、突如プールが出現する光景は幻想的ですよ。

 --山城も面白そうです

 中井 それなら取って置きをもう一つ。「佐伯城」(大分県佐伯市)もいいですね。近世の山城は、南北朝時代や戦国期に原型があるケースが多いんですが、「関ケ原の戦い」後に築かれた山城はこれだけではないでしょうか。歴史のない山に新築された経緯に興味が湧くんです。わずか2万石の藩が築いた小さな城で、専門家にもあまり着目されていません。

 --今後、城とはどんな付き合いを

 中井 全国には城が3万~4万あると中学時代に知り、愕然(がくぜん)としました。「一生働かずに毎日訪れても全ては見られない」と。城郭研究はここ20~30年で進歩しましたが、未解明の謎は無数にある。「なぜ土塁をこんな所に築いたか」「どうしてここに堀を切らなかったか」など応用問題を出してくる城郭に対し、築造に携わった武将を想起して「こいつ考えたな」「ちょっと抜けてるやん」と思いながら謎を解き明かす時間が至福のとき。昔は、3万~4万という数字に愕然とさせられましたが、今では「楽しみをたくさん残してくれてありがとう」と幸せに浸っているんですよ。
////
posted by 岡山パワーズ(okayama_powers)  at 23:55| Comment(0) | 2つの天空の城(岡山 備中松山城 と 兵庫 竹田城跡) | 更新情報をチェックする

2014年09月30日

天空の城 と クラウド (岡山 備中松山城)

天空の城 と クラウド (岡山 備中松山城)
//////
天空の城効果で観光客増加 但馬、年間1千万人超え

兵庫県の但馬県民局産業観光課は29日、2013年度の但馬地域の観光客入り込み状況を発表した。竹田城跡(朝来市和田山町)に、前年度の倍以上となる50万8千人が訪れるなどしたため、但馬全体では1063万5千人と、06年度以来、7年ぶりに1千万人を超えた。宿泊客数は前年度よりも9万4千人増え、203万千人となった。

 竹田城跡のほかに、前年度に比べて観光客数が増加した主な観光地の状況は、余部橋りょう(香美町香住区)が6万6千人増の27万2千人、城崎温泉(豊岡市城崎町)が1万千人増の79万7千人、湯村温泉(新温泉町)は3千人増で41万5千人だった。養父市では、冬場のスキーなどスポーツやレクリエーションで訪れる観光客が増えた。

 市町別では、豊岡市が対前年度比4万2千人増の408万8千人、養父市が同3万8千人増の124万4千人、朝来市は同45万6千人増の259万4千人、香美町が同11万4千人増の163万8千人、新温泉町は同8千人減で107万千人だった。

 一方、今夏の状況も発表された。7月1日から8月31日までの海水浴客数は、雨天や台風などが影響して28万6千人にとどまり、5年ぶりに30万人を割り込んだ。高原地域では33万8千人で、前年同期から6千人減った。

//////
「備中松山」と書いて、「クラウド」と読む その心は、「天空の城」


備中高梁駅をでるとまずお城へのアクセスを聞こうと観光案内所に立ち寄りましたが、そこでお城までは結構距離があることを知らされ、平日だったせいかバスではなく、観光乗合タクシーを勧められました。料金はおひとり様片道420円で登山道の入り口の駐車場まで行ってくれます。時刻もきまっていて、出発は9時50分。帰りは11時40分に登山道入り口に迎えに来てくれます。「行きはタクシーで登山道入り口まで行き、帰りは『武家屋敷で下してください。』と言えば降ろしてくれるので、武家屋敷を見て帰ればいい。」ということでした。

登山道入り口からは20分程度の山歩きです。危険なところがあるわけではありませんが、舗装された道を歩くわけでもありませんので、ハイキングシューズや運動靴をはくことをお勧めします。また登山道入り口には自動販売機もありますので、ここで水分を補給しておくべきでしょう。お城には販売機はありません。

途中石垣や櫓の後もあったりして、確かにお城に向かっている感じはするのですが、なにせ急な傾斜もある山歩き。「本当にこんなところにお城があるのかな。」と弱気になりながら歩いていると、…確かにありました、備中松山城。天守は小ぶりですが、山頂にあるので最初に目に入るところからみるとそれなりに立派です。ただ、中に入ると多少の展示物を除いてあまり見るところもなく、ひととおり歩きまわって写真もとると10時前には退屈し始めてしまい、お城から観光案内所に携帯電話で連絡して帰りのタクシーをキャンセルしてもらって、歩いて山を降りることにしました。(山頂からスマホアプリを使ってタクシーを予約するのもいいかもね!)
 登山道入り口からは舗装道路ですので、下り道になる帰りはきつくありません。平日のせいであまり車も通らない静かな林道をゆっくり散策しながら40分くらい(お城から登山道入り口までを含めて)かけて武家屋敷まで戻りました。これは、季節、天候、時間的な余裕などかなり検討要素はありますが、もう一つの「天空の城」、結構お勧めです。

//////
クラウド
ネット上での情報流出が相次いでいる。最近では米アップルのデータ保管・共有サービス「アイクラウド」からハリウッド女優らの私的な写真がインターネット上に流出する事件が起き、社会を騒がせた▼クラウドサービス、クラウドコンピューティングなど、「クラウド」は今やネット用語として定着している。クラウドとは「雲」を意味する英語である▼ネットワーク上のソフトウエアやデータを使うコンピューターの活用方法のことで、多くのコンピューターがつながるネットワークを雲に見立てているという。ネット上でのデータの管理など、素人にはそれこそ“雲をつかむような話”だ。情報漏れなどの心配も尽きない▼リアルな世界に目を転じると、こちらは季節の移り変わりを教えてくれる懐かしい雲が澄んだ青空に映えている。刷毛(はけ)ではいたようなという表現がぴったりの筋雲が、天高く秋到来を告げる▼実際、雲の中でも5千~1万5千メートルの最も上層にでき、上空の強い風を受けて流れるような線を描く。正式名は巻雲(けんうん)で、そのやや低い高さにできるのが巻積雲(けんせきうん)だ。小さな固まり状の雲片が集まって魚のうろこのように見えるのは、うろこ雲、さば雲、いわし雲としておなじみだ▼〈ひろびろとさと刷きすとのび秋の雲〉富安風生。大気が生み出す壮大な営みに心が洗われる。
//////
posted by 岡山パワーズ(okayama_powers)  at 07:11| Comment(0) | 2つの天空の城(岡山 備中松山城 と 兵庫 竹田城跡) | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。