2014年09月20日

<土砂災害>広島の現場から//岡山

<土砂災害>広島の現場から/上 本当に街があったのか /岡山

「どうすれば、こうなるのか」。8月20日午前10時半ごろ、岡山から私がたどり着いた広島市安佐南区八木3の現場には、土砂に押し流され、2階部分だけとなった民家が、土砂の上にポツンとあった。壁の一部がはがれ落ち、室内がむき出しになっていたので、子供部屋だと分かった。「誰かが、ここで確かに生活していた」。人のぬくもりが、まだ強く残っていた。目の前にあった自然災害の爪痕は、1カ月たった今も記憶に鮮明だ。

 土砂崩れが起きた山を見上げると、私に向かって、扇形に土砂が広がっていた。大きな岩や、根っこごともぎ取られた大木を除けば、ほとんど土砂。「本当に街があったのだろうか」と疑うほどののみ込まれ方だった。

 広島地方気象台によると、同市安佐北区三入の観測地点で19日夜~20日明け方に記録した降水量は、1時間当たり最大101ミリ、3時間当たり最大217・5ミリ、24時間当たり最大257ミリ。観測史上1位を記録するほど猛烈な雨が、災害発生前に降ったと分かる。

 私が取材した人たちはみんな、「経験したことがない豪雨」「雷がいくつも近くで落ちる音や打ちつける雨音で眠れなかった」「たたきつける雨で、路面が白く泡立っていた」と振り返った。災害発生の危険信号は既にもっと前から、しきりに点灯していたようだ。

 現場に着いた時は、災害発生から数時間が経過していた。だが、山からあふれた大量の泥水が坂道を激しく流れ、とどまる気配はなかった。現場では、ひしゃげた車、たたき割られたアスファルト、えぐられたように吹き飛ばされた民家などを目にした。広島県災害対策本部の発表によると、今回の土砂災害で全壊した家屋は計133棟、半壊は計122棟、一部損壊は175棟(9月19日午後4時現在)という。

 八木地区にある県営住宅では、多くの人が救助を待っていた。警察官らがベランダにはしごを掛け、救出した。県営住宅に一人暮らしだった女性(74)方には災害後、家族が駆け付けた。「家族が来るまで不安で仕方なかった。未明に外をうかがうと、等身大の赤ちゃん人形がうつぶせで流れていて、子どもだと思い、肝を冷やした」と話した。

 その夜、私は避難所の安佐南区緑井地区の小学校を訪れた。入り口で書き込み式の安否確認用の掲示板を見つけた。掲示板はカタカナで書かれた氏名で埋め尽くされていた。「連絡を待っています」。少なくとも50人の名前が書いてあった。災害後、行方不明になっている人たちがこんなにもいるのか。現場の混乱は続き、正確な行方不明者数は、まだ発表されていなかった。

    ◇     ◇

 死者74人を出した広島市の土砂災害から1カ月。発生当日昼から8日間、現地で取材した。お母さんの胎内にいた小さな息吹から、晩年を穏やかに過ごしていた老夫婦まで、さまざまな人の命が無情にものみ込まれた。土砂に埋もれた街を歩き、見聞きして、感じたことを伝えたい。

<土砂災害>広島の現場から/下 心情受け止め、対策を /岡山

「おっ母(かあ)が戻った時に暮らしやすいように、家の周りを早くきれいにしないと」。広島市の土砂災害から1週間を迎えた8月27日、同市安佐南区八木3のアパートの敷地で、側溝にたまった土砂をスコップでかき出していた中島国雄さん(72)に出会った。

 アパートの隣に建つ自宅は土砂の直撃を免れたが、前にある細い道は山から押し流された木や別の住宅のがれきで埋まり、人も車も通ることができない。中島さんは脚が不自由な妻たつ子さん(70)と近くの小学校に避難し、1人で毎日約15分歩いて自宅に通い、周辺の土砂を取り除いていた。体力を使う作業だが、中島さんは「避難所にいても、することがない。気持ちが耐えられなくて、家に来ている」という。

 泥だらけの長靴をはき、汗まみれで体を動かす中島さんは「この家は高い場所にあるから、ボランティアの人に手伝いに来てもらうのは申し訳ない。わしもまだまだ動けるけえな」とつぶやいた。思わず、「少し手伝っても良いですか」と声をかけた。少しでも作業が早く進めば、と思ったからだ。

 中島さんにスコップを借り、土砂を土のう袋に入れる作業を手伝った。石や木片が混じり、水分を含んだ土砂を運ぶのは大変な作業で、中島さんは「どうだ、重いだろ」と笑った。

 作業を手伝ったのは1時間。土のう約30袋分の土砂を取り除いたが、中島さんの家の周りがきれいになるまでには大分時間がかかりそうだった。

    ◇     ◇

 今回の土砂災害で全半壊した家屋は250棟を超え、今も復旧作業が続く。中島さんのように自宅が被害を免れても、周囲を片付けなければ自宅で再び生活できない人もいる。そんな人たちの力になりたいと、県内外からボランティアが広島市の被災地に向かい、岡山からも多くの人が駆けつけた。今月18日のボランティア活動に参加した県社会福祉協議会職員、西村洋己さん(30)は「岡山でも、広島のような災害が起きるかもしれないと思った」と話した。

 県防災砂防課によると、今回の災害後、県民から「土砂災害の危険箇所を示す『警戒区域』とは何か、どこが指定されているのか」との問い合わせが相次いだという。同課の担当者は「災害時の警戒や避難の判断の基礎となる情報が、県民に知られていないと分かった。今後は県の防災態勢などを県民に常に伝えていくことが大切だと思った」と話す。

 被災地のため、自分は何ができるのか。今回の災害発生直後の8月20日から8日間、広島市の被災地で取材し、考えさせられた。

 2人とも、大規模災害の現場を取材するのは初めて。家族や友人を亡くした人の悲しみ、土砂が押し寄せた家を離れ避難所で過ごすしんどさ……。この人たちの心情を正確に伝えることが、ほかの地域で同じ災害被害を起こさないための対策整備が進む力になれば、と感じている。
posted by 岡山パワーズ(okayama_powers)  at 07:07| Comment(0) | <土砂災害>広島の現場から//岡山 | 更新情報をチェックする

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